初海外勤務 カタール
- Admin
- 2018年1月26日
- 読了時間: 4分
私は23歳から5年半、中東はカタール ドーハという場所に住んでいました。
日本で何年も働いてからじゃなくて「今すぐ海外で働きたい!」という気持ちだけで飛び混んだ土地。
カタールがどこにあるか、どんな国か全く知らずに、人っ子一人知らずに、、、
英語がそこそこできて1年契約の仕事がたまたま見つかったからという理由で行きました。
ちなみに地球の歩き方に「世界一つまらない国」と書いてあります。笑

キャリア的には
日系建設会社で国際空港 経理補佐。調達部でチームリーダー
イタリア系建築会社 営業・ビジネス開発・顧客関係担当
私、勉強したのは社会学。全く関係ない方向に進みました。笑

カタールは、不思議な場所でした。
人口の9割が外国人。
世界中の人が、お金を貯めに1−3年来る「通過点」な場所。
イスラム教の国なので、肌の露出や男女間のスキンシップは気をつけなくてはいけなかったり、お酒が飲めるのもホテルだけ。
豚も食べれません。
断食月には仕事は6時間勤務に、外での飲食禁止。
砂漠とオイルだけの小国がW杯に向けてゼロから街を国を作り上げている最中。
キャリアアップが簡単、お給料が日本の二倍以上もらえる。税金ゼロ。
世界の縮図のような不公平で差別満載。
国籍によって、同じオフィスに月100万稼ぐ30代とと5万稼ぐ50代が居る不思議な世界。
出会う女の子はほぼ皆カタール航空のキャビンクルー。(日本人も数百人居ました。)
常に飛んでいるので、会いたい時に会える友達になれず。
娯楽はホテルのレストラン・バー・一部のプライベートビーチのみ。
夏は50度までいきますが、外出しないので意外と大丈夫。笑
日本人が住むところは、プール ジム 掃除付きの高級アパート。
役所関係、手続き、何もスムーズにいかない。平均所要時間3時間。笑

一年のつもりで行ったのに、5年半も居てしまったのは、
本当に世界のいろんな国の人と友達になれて、
私の度胸もみとめてもらえて笑、
ありがたいことに仕事も楽しくて、
日本では経験できないことが沢山あったから。
最初の現場では40カ国以上の人が、一つの空港建設に携わっていました。
流石にこんなに色んなところからくると、仕事の仕方から、コミュニケーションから、何もかも違うので、毎日毎日刺激的でした。

みんな独身・単身でくる場合が多く、遊ぶところも限られているので、
世界からの友達が本当に家族みたいになります。
私は5年半も居たので、大切な友達が私より先に去っていくことが何回もあって、涙しながら何度も空港に見送りしました。
ただ、みんな数年しかいないドーハなので「その場だけの薄っぺらい関係」も多くて、利用されたりしたり。
国際恋愛の楽しさ難しさも沢山経験したし、 会社でも同期ゼロ・日本人ゼロな環境で相談できる相手が居なかったり、
家族のように仲の良かった友達が続々と去っていったり、
家族から遠いことからのもどかしさ、虚しい寂しい思いで過ごした夜も数え切れないほどあります。
「一生いることはない」
「家族のようだった友達に置いていかれる」
という感覚で住んでいるのは、なんだか不思議でした。
砂漠遊び
高級ホテルでパーティ
ビーチ
ボートパーティ
中東旅行
日本ではしないような遊びも沢山楽しみました!




5年も経つとだんだん飽きてきて、仕事での成長も感じられなくなってしまって去ろうと思いつつ、
けど、現実的には中東以上にお給料も優遇もいいところは存在しないので、正直抜け出す決意をするのは難しかったです。
そしてたくさんの経験を共にした友達を去ること。。。。
10回以上送別会してもらいました。涙
けど、「世界一つまらない国」を「世界一楽しんだ」自信はつきました。笑
あそこであんだけ楽しめたんだから、どこでも楽しく生きていけるな!と。
中東は自分にとっても特別な場所になりました。
第二の故郷になったカタール。
レアな立場で唯一の日本人として働いていたからこそあった素敵なチャンス、
本当に多くの国籍の人と働いてきたこと、旅行じゃなくてその人をよーく知ったからこそ分かる色々な文化、
中東に居たからこそ訪れることのできた場所、沢山楽しんだビーチやパーティ!
そしてこの先どこに行っても大切にしたい世界中からの友達に出会えたこと。 こんな環境を笑顔で最高に楽しんだこと、自分でも褒めてあげたいし、このチャンスに感謝感謝です。
ありがとうカタール!
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